高らかとほら笛の音がこだまする。 代表同士の一騎打ちが終わり、辺りは混戦へと導かれる。 丘から数え切れない兵士が突撃してくる。 無数に飛び交う矢。 次々と死に逝く敵と味方。 俺は戦場に身を置いていた。 正歴 5年 晩春 「し、死ね〜!!」 敵が今にも狂いそうな声で襲い掛かってくる。 死へ恐怖に押し潰され、自分を見失っているようだ。 俺は襲い掛かる刃を峰で受け、刀を返し、敵を斬り捨てる。 敵は絶叫を上げ、倒れていった。 戦では冷静でなければならない。 感情的になっては、見えるものも見えない。 冷静に状況を見据え、対処する。 これらが出来なければ戦では早死する。 俺は生き抜くために、次々と敵を斬っていった。 途中、妻の名や子供の名、母親の名を口にする者もいたが、俺には関係ない。 要は、自分さえ生き延びればいい。 それが戦と言うものだ。 俺はそう自分に言い聞かせた。 俺には命以外、失うものなんて無かった・・・。 ・・・・・・ ・・・ ・ 時は一刻を過ぎようとしていた。 先刻までの騒騒しさは無く、辺りは静まり返っていた。 互いに、今は敵を奇襲して討つ作戦のようだ。 俺は茂みに身を隠していた。 前方には、敵の騎馬が待ち構えていた。 白馬に乗っているようだが、返り血でその面影も無い。 数々の味方を殺してきたに違いない。 剣の腕は相当なものだろう。 それに今、目の前に見える敵は騎馬だ。 歩兵と騎兵では分が悪すぎる。 こいつのせいで何人もの味方が死んでいったことか。 槍か弓矢があれば何とかなるが、あいにく今は両方とも持っていない。 太刀では敵わない敵・・・。 不意に敵は動き出した。 しまった。見つかったか? 敵は颯爽と馬を操り、走らせる。 しかし、敵はこっちの方には来なかった。 俺とは逆の方向に行き、刀を振りかざす。 どうやら気配を消せ切れていない味方を見つけ、襲い掛かっていたようだ。 「た、助けてくれ〜!」 味方の慟哭が聞こえる。 しかし、それも直ぐに止んだ。 俺は歯を鳴らす。 とにかく助かった・・・。 しかし、どうする? このまま逃げるか? あいつがいる以上、このまま逃げてもまた同じ状況に出くわすだろう。 まだ気づかれてはいないんだ。 一瞬の隙を突いて奇襲するか? しかし、途中で見つかれば確実に殺される。 ・・・どうする? 今俺は、目の前の死に直面している・・・。 額から汗が流れ落ちた。 心臓の鼓動が早くなる。 両腕に力をこめる。 刀が鳴った。 左手に汗が滲んだ。 自分でも恐いくらいに武者震いをしている。 汗で刀が滑らないよう、地面に両手を擦り付ける。 ふと、地面で硬い物が触れた。 俺は、ほくそえむ。 試してみる価値はあるな。 俺は刀を収める。 そしてそれを握りしめ、敵に向かって走り出した。 あくまで敵に見つからないようにだ。 そして敵に近づいていく。 この賭けに負ければ死だ。 今は俺の力を信じ、敵の馬が名馬でないことを願うだけだ。 敵は新しく味方を発見したらしい。 馬を慶喜良く操り、その方向へ向かう。 敵は見つけた味方しか目に入っていない。 俺が近づいていくことに気づいていない。 走る速度を上げた。 そして敵は刀を上げる。 今だ! その刹那。 俺は手に握っていた物を、馬の顔に向かって投げつけた。 それは勢い良く、馬の目に当たった。 馬は我を忘れて暴れだす。 敵は刀を振り上げたところで不意を突かれ、馬から投げ出されてしまう。 そして思いっきり地面に叩きつけられる。 馬は暴れたまま逃げ出した。 敵は地面に叩きつけられた痛みで目の焦点が合っていない。 俺はこのチャンスを見逃さなかった。 俺は敵に駆け寄る。 「き、貴さま〜!!」 敵は俺に気づき、刀を構えようとする。 しかしもう遅い。 「恨むなら、お前の目利きの無さを恨め!!」 俺は抜刀した。 敵の首が落ち、血が噴き出す。 ちなみに鋭利な刃物と技術を持った者が抜刀すると血は出ないらしい。 もっとも、今の俺の刀は何人もの人を斬ってボロボロになっている。 この戦でもう6本、刀を替えている。 正確には死体から奪い取って交換している。 刀は4人程度人を切れば使い物にならなくなる。 だからこの刀では血が噴き出して当然だ。 返り血を浴びながら心臓の鼓動が弱まるを待った。 次第に落ち着いてくる。 そして、大きく息を吐いた。 ・・・俺は、生きている。 ・・・・・・ ・・・ ・ ふと近くに怯えている兵士を見つけた。 さっき俺が倒した敵に襲われていた味方だ。 こいつのおかげで敵は何とか隙を作ってくれた。 感謝したいところだ。 しかし、コイツは完璧に我を忘れている。 こういった情態のやつに迂闊に近づき、声をかけるのはまずい。 特に刀などの凶器を持ったやつに近づくと、逆上してこっちが殺されかけない。 ここは悪いが、ほっておこう。 俺はこの場から離れようとした。 しかし、前方から馬足が聞こえてきた。 それもすごいスピードを出しているようだ。 新手か? 俺はすかさず茂みに身を隠した。 馬が逃げだしていた。 それを見た敵がいてもおかしくない。 こっちで何かあったか、確かめて来たのか? 「若頭〜!」 よくよく見ると味方の騎馬だった。 身なりからすると、隊長クラスだろう。 しかも、若頭を捜しているらしい。 あたりを散策するようにやって来る。 俺は刀を収め、両手を上げ立ち上がる。 敵ではないことを示すためだ。 敵と間違われて殺されては、かなわない。 一環の兵士の命なんて、戦では虫けら同然だからな。 馬を駆る味方は、俺に気づき、こっちに近づいて来る。 「お主、味方か?」 「ああ」 俺は愛想無く応える。 ここで敵と応える馬鹿はいないだろう。 本当に敵だったら話は違うが・・・。 「そうか・・・」 騎兵は30くらいの歳に見え、大層な鎧を身に着けていた。 そして、俺を本当に敵でないか確かめるように見る。 確かこの男は、俺を雇った隊の隊長だ。 俺は傭兵としてこの戦に参加した。 だから隊長の顔なんていちいち覚えてはいない。 頭に入れようとはしないのだ。 でもこの顔だけは覚えていた。 回転したヒゲが特徴的だったからな。 「お主、若頭を見なかったか?」 「若頭?」 やっと敵ではないことを悟ったのか、隊長から話し掛けてきた。 しかし、さっきから聞いていたが、若頭って誰だ? 隊長自ら捜しているのだから、重要な人物に間違いない。 ん?「頭」ってついているから当たり前か。 「若頭かどうか分からないが、あそこに怯えている兵士がいたぞ」 「なに?」 隊長は馬を駆り、さっき兵士が怯えていた場所まで走る。 しかし、隊長は直前で足を止めた。 この周りの様子に絶句しているようだ。 俺は遅れて隊長を追った。 「これはお主がやったことか?」 「俺以外に誰がいる」 隊長は辺りを見ていった。 辺りは血で染まり、さっき倒した敵の首も落ちている。 向こうの方では、味方が斬られて死んでいる。 「この状態、どう見ても騎兵がやったこと。お主どうして・・・わ、若頭!!」 言い終わる前に別のことに気が引いたらしい。 隊長はさっき俺が偶然助け、そしてほっておいた兵士に近づいていった。 「若頭、しっかりしてください!」 隊長は懸命に若様とやらを起こそうとする。 「ん?よ、余は、余は生きておるのか?」 若頭は正気に戻ったようだ。 しかし、まだ落ち着いていないのか、それとも腰が抜けたままなのか、若頭は立ち上がれずにいた。 隊長の肩を借りて若頭は立ち上がる。 「お主のおかげで若頭を見つけることが出来た。それに、この状況からすると、 若頭の命を救ったようだな。大義であった。」 別に自分のためにやったことだ。 礼を言われる筋合いも無い。 しかし、若様を助けたと思ってくれるならそれでいい。 あとで褒美でも貰えるかもしれないからな。 「別に大したことじゃない。敵を打つのが俺の仕事だからな」 俺の言葉に隊長は、一瞬眉を細めた。 「どうであれ、余は其方に助けられた。余からも礼を言う」 俺は若頭の言葉に応えるように礼をした。 「こ、これは?」 転がっていた敵の頭を見て、隊長が叫んだ。 若頭も思い出しようで、血の気が引いていく。 「敵軍の隊長ではないか!」 「そうだ。余は敵の隊長に見つかってしまったのだ!」 2人はほぼ同時に叫んだ。 そして隊長は俺のほうに駆け寄る。 「お主、でかした。隊長を落としたとあれば、敵の指揮も一段と下がる。この戦、もう勝ったようなものだ!」 隊長は高笑いをしながら、俺の背中を2、3度叩いた。 そして携帯していた槍を組み立てる。 この槍は主に儀式、または罪人の見せしめに使われる物である。 組み立て終わり、槍の先に敵の隊長の首を刺す。 そして、その槍を高らかと上げた。 「これから敵の隊長が落ちたことを、伝えにいく。お主は若様を命に代えても守れ! 若頭の初陣で命を落とされたとあっては、殿下に面目が無い」 「わかった」 俺の答えを聞くと、隊長は馬に跨り手綱を引いて走り出す。 しかし、途中でこっちに帰ってきた。 「時にお主。早々言葉使いを改めよ。特に目上の者に対する口の利き方くらいは知っておろう。」 「悪いな。これは性分なんだ。治そうにもなかなか治らない。」 隊長が俺を睨む。 やばい。 この場だけでも何とか言葉を直さないと、斬られかねない。 そう直感した。 「あいわかり申した。この命、謹んでお受けいたします」 俺はそう言い換えた。 「若頭に粗相の無いようにな」 隊長は俺に念を押して駆け出していった。 お主の剣の腕は期待しておると付け加えて。 若頭と2人にきりになる。 辺りに人の気配はしない。 ここはしばらくは安全な場所と言えるだろう。 ・・・・・・ ・・・ ・ 長く沈黙が続く。 話す話題も無いからただここで戦の成り行きを傍観するだけだった。 「其方、名は何と申す?」 沈黙を破ったのは若頭のほうからだった。 「俺には名は無い」 俺の答えに若頭は目を丸くする。 「なんと、農民上がりともうすのか?」 「それよりも下だな。俺は親がいない。育ての親も盗賊に殺された。だから剣だけで生きてきたんだ」 「そうか・・・。其方の剣の実力なら検非違使として十分な力量を持っているのに、残念なことだ・・・。」 剣の実力は検非違使か。 そう言われると嬉しいものがある。 しかし、検非違使ともなれば安定した収入もあり、かなり生活もよくなる。 なってみたいものだ・・・。 「そうだ!」 若頭は手を叩いた。 何か思いついたのか? 「其方を、父上に検非違使として推薦しよう」 俺は耳を疑った。 今、検非違使に推薦するといったのか? 「な、そんことできわけ・・・」 「其方は、余を助けただけではなく、敵の隊長をも倒しているのだ。それぐらいも褒美を遣わして当然だろう」 俺の言葉より先に若頭が話し出す。 どうやら若頭は命の恩人に何かしたいようだ。 しかし、それが検非違使への推薦とは・・・。 「そうと決まれば、其方には都に帰ったら部屋を用意しよう。 そこに願い立ての結果が出るまで待つがいい。それに名も付けておかなければなるまい。」 若頭は淡々と喋りつづける。 しかし、俺みたいな無頼者が検非違使に・・・。 考えただけでも波乱万丈だな。 自分の検非違使になる姿を想像して、苦笑する。 その様子を不思議そうに見る若頭。 「其方、名は何としたい?」 「名前か・・・。そうだな・・・ふっ、何も浮かばないな」 考えたことも無かったことに頭が真っ白になる。 「そうだな、自分の命名であるからな。おいそれと決められるものではあるまい。 名は都に滞在している時に申してくればよい。それからでも遅くは無いからな。」 俺の頭の中が真っ白になったことを気遣ってか、若頭はそう言った。 俺の名か・・・。 考えもしなかった・・・。 ふと空を見上げる。 一面に広がる青空。 雲ひとつ無い天気だ。 心地よい風が吹き抜ける。 俺は両手を広げた。 目を閉じる。 風を感じる。 このままこの身を投げ出して、飛んでいきたいくらいだ。 風を感じていたい。 俺はそう思っていた。 例え飛べなくても、揺られていたい。 風を感じながら・・・。 そう、柳の様に・・・。 吹き抜ける風は、春を送り。 そして夏を迎えようとしていた。 その足音は近づいて来る。 それは、季節の変わりを告げていた。 運命の夏へ・・・。 空の色はいつまでも変わらずに・・・。 AIR BLUE 前編 完 ■LIST■ ■HOME■ |