陽光がまぶしい。

体が重い。

息が苦しい。

暑い。

僕は何で歩いているんだ。

手に持つ鉄の塊が重い。

あての無い道。

地平線まで広がる砂漠。

一歩一歩、ゆっくり歩んでいる。

後ろを振り向かず、ただ真っ直ぐに歩く。

歩む先。

そこは霞んで見えない。

心臓の鼓動が速い。

砂に僕の足跡が刻まれる。

照りつける太陽。

世界が霞んで見える。

鳥が見えた気がした。

蜃気楼の一種なのかな?

それとも、走馬燈なのかな?

でも、そんなことはどうでもいい。

もう疲れたよ。

ここで終わりにしよう。

もう休んでもいいよね。

誰に言っているんだろう。

僕はもう、歩けないさ。

だから終わりだよ。

ここで、ゴールだ。

何も出来ないんだ。

僕は弱いから。

体が動かない。

少年は倒れた。

空を仰ぐように倒れた。

見えるもの・・・。

そこには・・・。

陽光がまぶしい。

僕は目を閉じた。

 

 

「お主は翼人を知っておるか?」

「いえ、良くは・・・。小耳に挟んだ程度しか聞き及んでいません」

一番奥に座る一条天皇が仰せられる。

ここは、京の都。

俺は、大内裏と呼ばれる宮廷の中の八省院にいた。

宮廷内は静まり返っている。

俺の声と天皇に続く摂関、大臣、その他の官位達の声だけしか聞こえない。

儀式は滞りなく進んだ。

俺は今、検非違使になる儀式の最中だ。

事前に送られてきた朝廷からの文により、俺が受ける官位、及び任務は知っている。

しかし、簡単には検非違使になれない。

検非違使になるためには儀式が必要だ。

朝廷から直々に官位を頂く。

これだけな事なのに、面倒なことを何回もしなければならない。

検非違使になるためだ、これ位のことは我慢できて当然だな。

朝廷からの文によれば、俺が受ける官位は正八位衛門大志。

衛門府に所属され、そこの大主典(だいさかん)として働くことになる。

大主典ということは、一番下ではないということだ。

と言っても官位的には下の方なんだが、俺としては十分なくらいだ。

簡単に言うなら俺の仕事は、護衛など誰かを護ることだ。

誰を護るかは、文には書いていなかった。

しかし、なぜ天皇は俺に翼人のことを訊いてきたんだ?

衛門府に配属されることと何か関係があるのか。

『其方は不思議な者だ。いずれ逢う機会が来よう。捜さずしても向こうの方から近づいて来るかもしれないな』

若頭の言葉がよみがえる。

まさか・・・。

「唐天竺では鳳翼と呼びならわし、異名を風司、古き名で空真理とも言う」

天皇より向かって右側の男が言った。

「肌はびろうど、瞳はめのう、涙は金剛石。やんごとなきその姿は、まさしくあまつびと」

今度は左側の男が言った。

この2人のうち、どちらかが若頭の父親何だろうが、俺には分からない。

「神の使いとも呼ばれているらしい」

最後に天皇が仰せになった。

一瞬、天皇の御顔が強張ったように見えた。

翼人に対して何かあるのか?

思えば先の言葉に清はなかった。

「はぁ、そのことが私に関係あることなのでしょうか?」

「まだ分からぬのか?」

左側の男に叱咤される。

「其方には、その翼人の警護にあたってもらう」

今度は右側の男が言った。

少し呆れた物言いだ。

それにしても、いい加減交互に話すのは止めて欲しいな。

「翼人の御名、神奈備命という。覚えておけ」

「あい、分かり申した」

左側の男が言った。

俺は定よく返事を返した。

俺は等々翼人に逢うことになるのだ。

羽を持ち、空へ羽ばたくことのできる者。

翼人は俺が捜している答えを教えてくれるのだろうか。

「正八位衛門大志 柳也、其方に翼人神奈備命の警護の任務を申し付ける」

「謹んで拝命仕ります」

天皇より勅命を受けた。

この刻をもって、俺は翼人神奈備命の警護に入ることになる。

「柳也よ、其方の若狭での活躍、目に余るものである。この処遇、当然のことと心得えよ。
 其方の今後の活躍、期待しておるぞ」

「有り難き御言葉、誠心誠意を込めて命に尽くします」

天皇はそう仰り、俺に鉄鞘の長太刀を手渡した。

官位職に支給される刀だ。

そして、儀式は終了した。

天皇は退出なさり、他の官位たちも次々と部屋を後にした。

他の官位たちの俺を見る目は、冷ややかなものだ。

ほとんどの官位は、俺が無頼者ということで差別めいた目で見ている。

当り前といえばそうであろう。

しかし、あまり感じは良くないな。

俺に言わせれば、お前らと何が違うんだ。

馬鹿馬鹿しい。

ただの官位たちの偏見じゃないか。

こういう奴等がいるから世の中は良くないのだ。

ふっ、俺が言えたことじゃないな。

俺も部屋を出た。

 

俺は屋敷に戻ってきた。

戻って直ぐに身支度を整える。

明日の朝早くに旅立たねばならない。

翼人神奈備命が住まう社は、さほど遠くは無いにせよ、山を幾つか越えなければならなかった。

明日の朝に道を伝える案内人が来る。

ここの生活も今日までだ。

「柳也様。明日、ここを発たれるのですか?」

俺の旅立ちの手伝いをしながら女官が訊ねてきた。

「ああ、勅命を受けた。明日の朝に山を幾つか越えた社に、行かなければならない」

俺の言葉に女官は目を見開いた。

勅命ということに驚いたのか。

「山を幾つか越えた社ですか・・・」

俺の考えは違っていた。

女官は社の方に驚いたらしい。

「以前」

「は?」

女官は急に話し始めた。

心なしか少し真剣な顔立ちだ。

「以前、もう半年も前のことになります。都には頗る有能な女官が居りました。
 有能が故に主にあまり好かれることなく、長く仕えたことがないらしいです」

話があまり見えない。

「俺が社に向かうこと何か関係があるのか?」

「もう少し、拝聴してください」

軽くあしらわれた。

「わたくしも、人伝いで聞いたことですから良くは知りませんが、
 その女官はここより幾つか山を越えた社に勤めになったと聞いています。」

「俺が配属される社か」

「左様でございます」

女官は尚も話しつづけた。

「その女官は大変高貴な御方に仕えていると。そして、そこで大変忠誠に仕えていると。
 有能な女官がずっと仕えているのです。それほど仕える御方が高貴なのでしょう。
 柳也様はそんな御方に御仕えするのですね」

女官は感心しきった声色で言った。

確かに俺が仕える御方は翼人だ。

高貴といえばそうなんだろう。

翼を持ち、神の使いとも呼ばれるもの。

俺は人知を超えた者に仕えようとしている。

それがどんなことかは良く分からない。

なぜ俺みたいな無頼者に天皇は、そんな大役を申し付けたのか分からない。

裏があれば別だが・・・。

今は考えても仕方がないことだな。

翼人か・・・。

「高貴と言えばそうなのかもな」

「御仕えになる御方について何か知っておられるのですか?」

俺が仕える翼人について何か知りたいらしい。

女官は俺の前に迫り出る。

「悪いな、任務上仕える御方について何も話せないんだ」

「やはりそうでございますね」

がっかりとした感じだ。

「でも、さすがですね」

「は、何がだ?」

「柳也様のことですよ。不思議な方と思っておりましたが、高貴な御方にお仕えするようになるなんて、
 本当にすごい方ですね」

女官に誉められて満更でもない。

背中が痒くなる思いがした。

「でも、お気を付けください。社には何やら悪いうわさが流れております」

女官は先の様に真剣な顔立ちだ。

これが言いたかったのだろうか。

「悪いうわさ?」

女官などに流れるうわさは信憑性があるものが多い。

そして、無いのも多いのだが。

聞いておきたかった。

そのうわさがどんなものなのか。

「社の方には悪鬼の子が居り、東国が兵を出して討伐すると」

とんでもない事だった。

悪鬼とは何のことか?

東国が討伐する?

「東国は兵を集めているらしいです。これも聞いた話ですので真意のほどは定かではありませんが・・・」

「ありがとう。心しておくよ」

「勿体無いお言葉です」

女官は付け加えて言った。

「朝廷は柳也様のご活躍に心を打たれ、社に住む御方を悪鬼からお守りする任務を申し付けられたのでしょう」

そうか、そういうことか。

俺はとんでもないことを考えていた。

翼人が悪鬼の子と言われていると勘違いしていた。

翼人を悪鬼から護ることが俺の任務なのだ。

その筈だ。

初の任務でとんでもないものを受けてしまった。

先が思いやられる。

「そういえば、柳也様の姓の方はまだ考えておられませんでしたね」

「あ、そうだったな。忘れていた」

女官が苦笑していた。

本当に先が思いやられる。

その夜は早く床についた。

明日早く旅立つためだ。

俺は久しぶりに深く眠りについた。

これから始まる運命という名の夏に向かい・・・。

 

「ここに社があるのか」

俺はこの先に見える山を見ながら言った。

「そうです。あなたがお仕えする神奈備様はこの山にお住まいです」

「分かった。もう帰っていいぞ」

そうして、案内人は一礼をして逃げるように山を降りていった。

案内人はこの山に入ってから何かに怯えるような素振りを見せていた。

だから俺はここで帰すことにした。

悪鬼が恐いのだろうか?

それとも別のなにかが・・・。

しかし・・・。

「どうやって門へ向かうか」

途方も無かった。

一刻が過ぎるころ、ようやく正門に着いた。

正門には2人の守衛がおり、着くなり俺を観察するように見てくる。

「正八位衛門大志 柳也、神奈備様をお守りするよう朝廷より勅令を受けた。先を通していただきたい」

守衛は礼をし、道を開けてくれた。

「社までご案内しましょうか?」

守衛のひとりが俺に言った。

俺は定よく断った。

この社の周りを見ておきたいからだ。

俺は門を潜った。

今日から俺が護るところだ。

何とも言えぬ感情が込み上げてくる。

俺は林道を歩いていった。

やっぱり案内してもらった方がよかったか?

俺がそんなことを思っていたその時だった。

空から何かが降ってきた。

そう思ったときには、もう避けようがなかった。

・・・どすっ。

なにか重いものの下敷きになった。

俺は地面に倒れ、そのまま空を仰ぐ羽目になった。

・・・青空が見えた。

 

 

「柳也さま。お目覚めですか」

目の前に翠髪の女性が居た。

裏葉だ。

そういえば・・・。

俺は今、神奈を母親の元に連れて行く任務の最中だったことを思い出した。

裏葉に少し休んだらどうかと言われ、仮眠を取っていた。

仮眠どころか熟睡していたようだな。

気が抜けていたようだ。

護衛者失格だな。

「お疲れのようですね」

「それはお互い様だろ」

「わたくしは大丈夫ですよ」

裏葉はそう言った。

顔は辛そうには見えないが、女の長旅だ、辛くない筈は無い。

顔に出さないところが裏葉らしい。

そんなところが有能な女官なんだろう。

有能な女官?

『都には頗る有能な女官が居りました。有能が故に主にあまり好かれることなく、
 長く仕えたことがないらしいです』

社に行く前に女官に言われた言葉を思い出した。

「ああ、あれは裏葉のことだったんだな」

「はい、何でしょうか?柳也さま」

裏葉が顔を出してきた。

「いや、何でもない。それより神奈はどこだ」

軽く見渡しても神奈の姿が無かった。

どうせまた遊んでいるんだろう。

しかし、護衛者としては神奈の居所を知っておかなければならない。

それに今、都でのことを言っても仕方が無いだろう。

頗る有能な女官か・・・。

裏葉は都で活躍していたんだな。

ふっ、長く仕えたことが無いか・・・。

それまで、主に恵まれなかったってとこか。

「どうかしましたか?」

無気味に笑う俺を見て、裏葉は不思議に思ったみたいだ。

「だから何でもないって。それより、神奈はどこだなんだ」

「あちらでお手玉を」

裏葉は疲れたように指差した。

「上達はしてない訳か・・・」

「はい、何かに呪われているかのように」

裏葉は、おいおいと泣き崩れる。

見てくるか。

俺は立ち上がり神奈の元へ向かった。

まったく、目の届くところに居ろと言ったのに。

神奈は必死にお手玉を投げていた。

いや、飛ばしていたと言った方がいいか。

でも、始めに比べると上達した方だな。

「えいえい。なぜうまく舞わぬのだ」

神奈がお手玉に向かって怒り始めた。

やれやれだな。

「手に力が入りすぎているぞ」

「ん、柳也どの。いつからそこに居たのだ」

「お手玉に向かって怒っているあたりからかな」

「ふん、このお手玉がうまく舞わぬのだ。」

物のせいにして・・・。

「だから、手に力が入りすぎているんだって」

「余の手が悪いと申すのか」

そして、人の忠告を聞かない。

裏葉が疲れるわけだな。

「神奈、ちょっと貸してみな」

俺は神奈からお手玉を取り上げた。

「何をする。返さぬか」

必死で取り返そうとする。

しかし、神奈の背では俺には到底及ばない。

「卑怯だぞ。この無礼者、痴れ者」

神奈は俺を咎める言葉を吐き散らした。

そんなにお手玉がやりたいのか。

「楽しそうでございますね」

いつの間にか裏葉が来ていた。

「本当にそう見えるか?」

「はい、見えますとも」

やはりそう応えるか。

「しかし、こう見ますと」

「賭博に敗れて金が無く、娘子の玩具を取り上げ、質に出そうとする家族のようだな」

「たいそう、殺伐とした家族でございますね」

「だから、素で返すなって」

裏葉は笑っていた。

「げはっ」

油断していた。

神奈のちいさな拳が俺のみぞうちに当たった。

力は弱くてもこれは効いた。

俺は地面にうずくまった。

その隙に神奈は俺の手からお手玉を奪い返した。

「ぐっ、神奈・・・」

「柳也どのが悪いのだ」

「自業自得でございますね」

「助けてはくれないのか?」

「お手をお取りください」

「世話のやける奴だのう」

そう言って二人は手を差し出した。

俺は二人の手をしっかりと握り締めた。

「は、はっくちゅん」

不意に神奈がくしゃみをする。

神奈の手が俺から離れた。

「大丈夫ですか?神奈さま」

同時に裏葉の手も俺から離れた。

俺は空を仰ぐ羽目になった。

どさっ。

お前らなあ〜。

不意に笑いが込み上げてきた。

「何だ、倒れているのに笑うとは、気色悪いな。」

鼻をかみながら神奈が言った。

「誰のせいだ」

「元は柳也どののせいであろう」

言い切られてしまった。

そうかもしれない。

しかし・・・。

俺はこういうのを求めていたのかもしれない。

いや、きっとそうだ。

俺はこういう家族のような温かさを求めていた。

俺の目線には空が見えた。

青く澄んだ青空。

心が洗われるようだ。

この空は何時までも変わらないだろう。

何があってもその姿を変えず、俺たちを観ているのだろう。

変わらない青空で・・・。

俺は誓おう。

俺の命が果てようと、絶対に神奈を母親のもとに連れて行くことを・・・。

そして、神奈の幸せを願う。

俺が必ず神奈の幸せを導き出してやる。

この青空に誓って・・・。

 

 

僕は目を開けた。

そこにはふたつの顔が有った。

ひとつの顔は呆れた顔だ。

もうひとつの顔は笑顔だ。

ふたりは手を差し伸べてきた。

僕は二人の手を取った。

少年は気づいていなかった。

進む道のあとには、足跡が3対あったことを。

真っ直ぐ、前しか見ていなくて、気づいていなかった。

倒れても、いつも支えてくれる大切な人がいることを・・・。

いつの間にか、そこは砂漠ではなかった。

やわらかな陽光が揺らいだ。

俺は林道の中にいた。

空を見上げていた。

そして、倒れていた。

「悪かった。早く手を取れ」

「今度は離しませんから」

俺は2人の手をしっかりと掴んだ。

もう離すことの無いよう。

しっかりと掴んだ。

2人の笑顔が嬉しかった。

そして、温かかった。

「結構重いな」

「これでも軽い方だぞ」

「柳也さまが力を入れておられないから、わたくしたちに全部きているのです」

「裏葉、言ったな」

俺は思いっきり力を入れた。

起き上がりそして、2人を抱き寄せた。

神奈と裏葉がちいさく悲鳴をあげた。

「な、何をする。無礼者」

「りゅ、柳也さま?」

2人はさすがに動揺を隠せない。

「神奈さま、大丈夫ですよ。柳也さまは益体なしですから」

「そうであったな」

こらこら。

まったく、裏葉はそればかりだな。

あの夜のこと根に持っているのか。

しばらく2人の温もりを感じていたかった。

でも、そうもいかないな。

俺は2人を離した。

「さあ往くぞ。裏葉、神奈」

俺が必ず神奈の幸せを導き出してやる。

この青空に誓って・・・。

                   AIR BLUE  後編  完




■BACK■

■LIST■
■HOME■