Toi et moi
           〜 mon aime fils 〜
                   2

夜が来る。
それは、夕暮れを意味していた。
赤く染まる空。
わたしは夕暮れ時の帰宅ラッシュをねらい目として、少しばかり稼ぐことにした。
往人を誘ったもののさっきのことが緒を引いているのか、往人は首を縦に振らなかった。
そして、いつものように路上で大道芸する。
今日の稼ぎは漱石さんが四人分。
いつもより少なかった。
往人がいなかったから、心に影響があったのかもしれない。
でも、お小遣いとしては大丈夫だろう。
……よね?

お寺に帰ってから、お風呂に一緒に入ろうと往人を誘ってみるが、断られてしまった。
ああ、一緒に入りたかったなぁ。
裸の付き合いしたかったなぁ。
う〜〜〜〜。
ひとりで湯船に浸かりながらいじける。
浴槽が小さめなので体操座りの格好で浴槽に入っていた。
そして今後の往人との対話を考える。
往人はわたしのせいで心から笑ったことが無い。
だから……たぶん、笑って欲しいって願うことができないんだ。
自分が笑えないんだもの、人が笑うことがわからないんじゃできないかも……。
ダメ、諦めちゃダメ。
今まで何もしてあげられなかったから。
だから、わたしにできるかぎりのこと……。
あ、あれ…。
頭が…廻る…。

「ふへ〜、あじゅい〜」
数分後、のぼせてしまったわたしは、助けを呼ぶこともできず、自力で浴槽から出た。
そして、廊下で倒れていたところ住職さんに助けてもらった。
介抱してもらったものの、まだ身体が熱い。
「あ〜、何やってんだか……」
往人のことを考えすぎてのぼせるなんて……。
ある意味本望かも……。
そんなことを考えているうちに誰かが部屋の襖を開けたことに気づいた。
あれ、往人?
往人は寝ているわたしの横に座り、黙って温くなったタオルを変えてくれた。
往人に温かい行為にお母さん感無量よ。
「あつい?」
「ううん、往人ありがとう」
わたしは往人に向かって笑いかける。
往人は安堵の表情を見せた。
「……おやすみ」
えっ、もう部屋へ帰っちゃうの?
そんなぁ、もうちょっといても良いのに…。
「おやすみなさい」
往人は襖を閉め、自分の部屋に帰っていった。
往人が行ってしまった部屋の天井を見ながら、大きくため息をつく。
さて、明日はどうしようかな。

朝露がきらりと光る。
小鳥のさえずりも聴こえてきて。
襖から射す陽光が閉ざされた瞼を開けようとしてくれる。
さわやかな朝だね。
しかし、わたしは気分が悪かった。
風邪をひいたのかもしれない。
のぼせて、湯冷めして……。
風邪をひくのに十分すぎる事態だった。
でも、大丈夫。
いや、空元気だけど……。
今日は往人と一緒に買い物へ行くんだから…。
そう決めたんだから……。
「国崎さん、今日はおとなしくしておいた方が良いですよ」
体温計を見ながら住職さんが言う。
住職さんは、気分が悪いわたしに体温計も持ってきてくれ、熱を測ってくれていた。
住職さんにそう言われてしまうと、外へは出る手段が大幅に減ってしまう。
「どうしてもですか?」
「息子さんと買い物に行けなくなりますよ」
ぶげっ。
それを言われると、従うに他無かった。
「薬を持ってきますので、ゆっくり療養してください」
住職さんのご好意に甘えることにしよう。
今日は、おとなしく療養することにした。


(よし、あなたのあだ名は「くにくに」に決定!!)
なんだろう、不思議な感覚……。
あの子との思い出。
忘れることの無い、悲しい思い出。
『なんで「くにくに」なのよ』
夢を見ているのかな……。
(良いじゃない。どうだって、可愛いよ)
『もう、いつもそうやって誤魔化すんだから…』
あの子は、そんな子だった。
(くにくには、何で旅をしているの?)
『わたしね、探しているんだ。空にいる少女を』
(空にいる少女?)
『うん、わたしのお母さんもそのまたお母さんも、みんな探してきたんだって。だからわたしも探しているの。お母さん達の願いを受け継いで…』
(そうなんだ…見つかるといいね。その子)
その時は、気づかなかった。
彼女が、探していた女の子だって…。
(ねぇくにくに。空にいる少女ってどんな子かな?)
『わかんないなぁ。お母さんが言うには、不思議な子なんだって』
(不思議かぁ…。その子どんな夢を見るのかな?)
『空の夢らしいよ』
(あたしも見るんだ。空の夢。でも、可笑しいよね?空にいるのに、空の夢を見るなんて)
彼女は不思議な子だった。
初めて遊んだ時、癇癪を起こしたり、わたしのことを良く訊いてきたり、変なこと言ったり、だけど、笑顔がとても可愛かった。
わたしはあの子の笑顔が一番好きだった。


目が覚めた。
陽はもう傾きかけていた。
風のせせらぎが心地よく感じられる。
体を起こし、背伸びをする。
もう薬が効いたのか、熱は無いみたいだった。
視線を下に向けると、往人が寝ていた。
看病してくれたの?
それとも、ただ、暇だっただけ。
でも、嬉しい……。
わたしは、往人の頭を優しく撫でてあげた。
「ありがとう、往人」
そういえば、わたしは結局、往人に心配をかけてばかりで母親らしいことなんて何一つやっていない。
往人は、わたしのことを母親と思ってくれているの?
わたしのこと、どう思ってくれているの?
ここに来てから、もうどれくらい経つのか…。
2週間くらいだと思う。
わたしに残された時間はあと僅か…。
往人に母親と思われなくてもいい。
傲慢な考えだと分かってる。
だけど、わたしは往人と一緒にいたい。
そう思うことは、ダメなのかもしれない。
限られた時間、わたしは往人共にいる。
明日は一緒に買い物に行きましょ、ね?
そして、わたしはもう一度、往人の頭を優しく撫でた。

今日も快晴だった。
心地よい朝を迎えた。
今日は往人と一緒に買い物に行く日。
朝から胸が弾む思いが駆け巡る。
小鳥のさえずり、木々のざわめき、それらがすべて心地よいメロディを奏でている。
今の私なら、何でもできる。
何が来ようと恐くない。
往人と一緒に買い物に行けるのだから……。
もう、身体は大丈夫。
いざ往かん!!
デパートへ!!
わたしは勢い良く襖を開け、往人のいる部屋に向かった。
しかし、いざ往人の部屋に入ることに、いささかためらいを感じてしまう。
さっきまでの勢いはどこにやら…。
「往人、いる?入るよ」
往人の部屋の襖をゆっくり開ける。
往人はまだ寝ていた。
もう、これからデパートに行こうと思っていたのに。
早く起きて、往人。
ん?往人・・・?
わたしは往人の異変に気づいた。
苦しそうな顔、時々咳きもしている。
往人の額に手を当てる。
……熱い。
もしかして、わたしの風邪が移ったの?
住職さんに頼んで急いでお医者さんを呼んでもらう。
程なくして、お医者さんがやってきた。
急いでお医者さんに往人を見てもらう。
お医者さんが言うには、往人は疲れから来る風邪らしい。
わたしが無理に法術を使わせようとしたから、往人は疲れて風邪を引いてしまったんだ。
浮かれている場合じゃなかった。
わたしは、また母親失格だった。


(くにくには自分の意志で旅をしたいって思っているの?)
『うん、そうだよ。だって、その子ね、夢に蝕まれるんだって』
(蝕まれる?)
『良くわかんないだけど、病気になるみたい。それもあるはずの無い痛みを感じて、最後にはみんな忘れちゃうんだって』
(そんな……。その子、かわいそう)
『うん……。だから、助けてあげるの。わたしが探しだして、その子を助けてあげるの』
(くにくにになら助けてあげられるよ)
『うん、ありがとう。わたし、きっとその子を見つけて、助けてあげる』

(ハァハァハァ、痛い…。足も動かなくなってきてる…)
『どうしたの?』
(くにくに……?)
(…………)
(わたしから、離れて…)


わたしは目を覚ました。
何だか、目覚めが悪い。
頭が痛い…。
…………。
頬を伝う冷たい感触……。
不意に、涙を流していたことに気づく。
わたし、泣いていたんだ…。
そして、いつの間にか寝てしまっていた。
往人が風邪をひいてから、徹夜で看病をしていた。
2日連続はさすがに無理だったみたい。
寝ている往人の額に手を当てる。
もう、峠は越したみたい。
明日には、元気な顔を見せてくれるといいな。
わたしは、往人の手を両手で握り締めた。
はやく、元気な顔を見せてね。
そして、往人が目を覚ますまで、ずっと側にいた。

わたしは…何をしたいんだろう…。
往人の傍にいたい…。
だけど、わたしに何が出来ると言うんだろう…。
風に揺れる木々の声。
青く、それでいて悲しい色の空。
縁台に座り、空を見上げる。
あの子は今、あそこに居るのだろうか?
空を見上げるたびに思う。
わたし達のしてきていることに、意味はあるんだろうか?
何年、何十年、何百年もわたし達は同じことを繰り返してきた。
何回、何十回、何百回もわたし達は同じ悲しみを繰り返してきた。
きっと助けることが出来る。
その願い、希望を支えに、わたし達は旅をしつづけてきた。
いつか旅の終わりがあると信じて…。
往人は、わたし達の一族に始めて産まれた男の子かもしれない。
少なくとも、わたしの知る限りで…。
だからかもしれない。
往人に期待をしてしまう。
往人なら、空に居る少女を救えるのかもしれない。
そして、記憶を継ぐ少女も…。
往人ならきっと…。
限りなく青い空が、この時だけ綺麗に見えた…。



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