Toi et moi
           〜 mon aime fils 〜
                  4
もう2時間くらい歩いている。
日は傾きはじめ、時刻は3時をまわっているだろう。
この時間はおやつの時間とも呼ばれている。
しかし、おやつを食べている余裕はなかった。
入り組んだ道がわたし達の往く手を遮る。
間違えないように、度々地図をチェックしながら歩く。
そんなこんなで、実際には時間ほどそんなに歩いてはいなかった。
だけど、子供に結構な距離だとおもう。
疲れ気味の往人。
額から汗が大量に滴り落ちている。
どこかで休んだ方がいいかもしれない。
辺りを見回しながら、休むのに適した場所を探す。
……ない。
どうしよう。
どうすればいいの?
ああ、わたし達は、このままのたれ死んでしまうのね…。
往人は、わたしのそんな挙動不審な行動を不思議そうに見ていた。
あっ、そうだ。さっき買っておいた飲み物があったっけ。
急いで買い物袋の中を探り、飲み物を探す。
冷たい感触が手にあたる。
……冷たくは、なかった。
……温い。
2時間も外にいたもんなぁ。
まぁ、いいかな?
どうだろう…。
「はい、往人」
いろんなことを思いながらも、結局、飲み物を往人に手渡した。
その時、遠くからガガガッと工事をする音がしているのに気づく。
……チャア〜ンス。
きゅぴ〜んと音が出るほどの目つきで、音が聴こえてくる方を見た。
あそこね。
「往人、ちょっとここで待ってて」
そして、温くなった飲み物を往人から返してもらう。
そして、工事現場に向かってダッシュした。
工事現場にある自動販売機は、安い。
それも、驚くべきくらい。
しかし、それをゲットするには、かなりの危険を伴う。
見つかったら怒られるからなぁ…。
怒られるのだけは、勘弁して欲しい。
工事の音が大きくなってきた。
大型トラックが出て行くのが見える。
間違いなく、ここね。
さて、着いたのはいいけど、先ずは自動販売機を探さないと…。
……………。
あった。
やっぱり仮設小屋の傍にあるか…。
ここから小屋まで約30メートル。
果たして見つからずにジュースを買ってくることができるのか。
……………。
ええい!当たって砕けろよ!!
その時、わたしは風になったかもしれない。
誰にも見つからず、小屋まで来ることが出来た。
すばやい動きでジュースを買う。
60円……やっぱり安い。
そして冷たい…。
ジュースの缶を頬に当てる。
ひんやりとした感触が頬から伝わる。
ああ、生き返る〜。
「君、ここは立ち入り禁止だよ」
「ふへ!?」
一時の安らぎに浸るばかり、注意がそれてしまい、工事現場の人に見つかってしまった。
ああ、どうしよう。
缶ジュースを買ったことがバレたら怒られる。
咄嗟に缶ジュースを持った手を後に隠す。
しかし、その様子を見られ、工事現場の人に不審に思われてしまった。
「君?今、後に隠したのはなんだね?」
「え?あ、はははっ」
笑って誤魔化してもダメだった。
工事現場の人の目が恐くなるばかり。
わたしはもう、耐えられそうにありません。
往人、お母さん、挫けるかも…。
ん?そうだ!!
「さあ、君。隠したものを出すんだ」
「えっと…それは…えい!!」
わたしは隠していた手を出し、そして手のひらを開けた。
そしてその瞬間、ポンっと工事現場の人の帽子が空を舞った。
「なっ!?なんだ風も無いのに一体…」
工事現場の人の気が散っている今のうちに…。
「あっ!?逃げた!!ええい!皆の者〜出会え〜出会え〜!!曲者だ〜!!」
ええ?追ってくるの?
しかも曲者だなんて…。
わたし、ちゃんとお金払っていますよ〜。
ひいぃ!?トラックまで!?
とにかく、振り切らないと!!
今から思えば、その時のわたしは、神の風が見えていたのかもしれない。

はぁはぁはぁ。
何とか振り切れた。
これでもう大丈夫。
トラックに襲われることも無いと思う。
気が付けば、往人が待っている場所の近くだった。
堤防があり、ここでなら休むことも出来ると思う。
早速、往人をここに連れてきて一緒に一休みしましょうか。
時はもう三時半をまわっている。
おやつの時間でもある。
「ごめんね、往人。遅くなっちゃって」
往人はひとりで土壌に座り待っていた。
往人は首を横に振り合図して見せた。
そうでもないという合図だと思う。
「そう、ありがとう」
立ち上がった往人のズボンに砂埃がついていたので、掃ってあげる。
「あっちの方に堤防があるから、そこで一休みしようか?」
往人はホッとしたようにこくりと頷いた。
やっぱり疲れていたのね。

堤防の下には川が流れ、そして辺りには草が生い茂っていた。
良く手入れされている草むらだった。
誰が手入れしているのかはわからないけど、ここなら良く休める。
そして、いかにもボクシングの選手がロードワークをするような堤防だった。
下に敷く物がなかったので、そのまま腰をおろす。
往人はわたしの隣にちょこんと座った。
さっき買ったジュースを往人に渡す。
今思えば、炭酸ジュースを買わなかったことが救いだった。
逃げる時にずいぶんと振ったからね。
そして、デパートで買った菓子パンも渡した。
少し遅めのおやつタイム。
大気の下で食べるおやつ。
往人と一緒だけでも格別な味だった。
太陽の光が気持ちよかった。
夏なのに暑いと感じることのないやわらかな陽光。
まるで、わたし達をやさしく見守っているような…。
今なら言える気がする。
「ねぇ、往人?」
往人は頭に『?』をつけ、パンを咥えながら、こっちに振り向いた。
はぅ〜。
往人、なぜそんなにわたしを悩殺しようとするの?
だめ。お母さん、失神しちゃいそうよ。
はっ!?
危ない。
大事なことを言いそびれそうになっちゃった。
気分を取り直し、本題を。
「これからお母さんが言うことを良く聞いて」
往人は不思議そうな顔をしていた。
無理もない。
たぶん、わたしは往人に見せたことのない真剣な表情をしていたと思う。
わたしは往人の目をじっと見つめる。
往人もわたしの真剣さに気づいてくれたみたいだった。
「この空の向こうには、翼を持った少女がいる」
往人が少しビックリした表情を見せる。
「それは、ずっと昔から」
「そして、今、この時も」
「今…も?」
往人の問いにわたしは頷き応える。
「同じ大気の中で、翼を広げて風を受け続けている」
「そこで少女は、同じ夢を見続けている」
そう、あの子は見つづけていた。
とても悲しい夢を…。
「彼女はいつでもひとりきりで…」
夢に蝕まれて…。
「大人になれずに消えていく」
往人は言葉の意味に気づいていたみたいだった。
胸の鼓動が高くなるのを感じた。
こんなことを往人に話すのは辛い。
だけど、言わなければならない。
「そんな悲しい夢を、何度でも繰り返す…」
それは繰り返されてはいけないこと…。
だから…。
「わたしはずっと、旅を続けてきたの」
お母さんと一緒に…。
そして、別れてからも…。
「空にいる少女を探す旅」
夏までしか生きられなかったあの子…。
「わたしのお母さんも、お母さんのお母さんも、ずっとそうしてきた」
夏は、まだ始まったばかりだったのに…。
「そしてみんな、その子に出会った」
そして…。
「とても悲しい思いをした…」
往人はわたしの話を真剣に聞いていてくれていた。
とても嬉しかった。
でも…。
わたしは往人にこんな重荷をかせたくない。
「でもね、往人」
心臓がドクンと唸りをあげる。
「わたしはあなたにそれを強要したくないの」
わたしに流れる血が熱くなるのを感じた。
「あなたはあなたの幸せを見つけて」
胸の動悸さっきより激しくなっていた。
「ひとは自分の幸せを見つけるために生きているんだから」
それは、わたしのわがままだと知っていた。
だけど、きっと…。
みんなわかってくれると思う。
だって、それは…。
母親が思うたった一つの願いだから…。
「ね、往人」
わたしは、笑顔を往人に見せた。
だけど…泣いていた…。



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