その日は2月13日の夜だった。 トゥルルルー、トゥルルルー。 電話が鳴っている。 親はまだ帰ってきていない。 今日は多分帰ってこないだろう。 ということは、電話に出ることができるのはオレしかいない。 嫌々ながらも電話に出なければならない。 そして・・・。 この電話が後に浩之ちゃん(本名、藤田浩之)を苦しめることになるのだが・・・。 バレンタイン企画 セバスチャン逃亡事件〜そのとき、舞は斬った〜 「はい、藤田です」 「・・・・・・・・・」 電話から微かに聞き取れるような声がする。 普通の人なら無言電話と間違えてしまうだろう。 だが、浩之ちゃんは電話の向うが誰なのか分かっていた。 たったひとりだけ心当たりがあったのだ。 「センパイ?」 少し沈黙が訪れる。 たぶん電話の向うでは、芹香センパイがこくりと頷いているのであろう。 その様子を想像しながら浩之ちゃんはセンパイとの電話を続ける。 「それでオレに何かよう?」 「・・・・・・・・・」 「明日?明日なら空いているけど」 「・・・・・・・・・」 「頼みたいことがある?なんだい?センパイの頼みなら何だって聞いてあげるよ」 「・・・・・・・・・」 恥ずかしそうに話す芹香センパイの姿を想像しながら、浩之ちゃんはセンパイのお願いを聞いていた。 「大丈夫だよそれくらい。でも、いろいろ準備がいるんじゃない?」 「・・・・・・・・・」 「はは、そうだよな、なんたって来栖川グループの御令嬢だもんな。それくらいの準備は朝飯前だよね」 芹香センパイがこくりと電話の向うで頷いた。 普通じゃ頷いたこと自体分からないが、そこが芹香センパイ研究家の浩之ちゃんとセンパイの関係の深さというものだ。 「それじゃ明日の朝、公園で・・・センパイ、電話ありがとう」 芹香センパイが頬を赤らめながらこくりと頷いた。 その様子を満足げに想像しながら、浩之ちゃんは受話器を置いた。 そして、大きく息を吐いた。 「明日は荒れるな・・・」 浩之ちゃんは遠い目をしていた。 そして放った言葉は、楽しみにも似た気持ちがあった。 そして、その日は訪れた。 潮のせせらぎが聴こえる。 やわらかくもまた、静かに耳に入ってくる。 地平線から陽が上がり、そして頭上へ上がりつづけている。 もうどれくらいこうしているのか。 揺れながら空へ消えていく煙を見送りながら、時が経つのをずっと待っていた。 そして、短くなった煙草を携帯灰皿に擦りつけ、遠くを見上げた。 「今年はこの時期にお暇を貰えたが・・・いったい何時まで続くのだろうか・・・」 その言葉には諦めにも感じ取れる意味が含まれていた。 黒のリムジンに背をもたれかけている白髪に白髭の老人の顔は、未来がない人のように複雑だった。 「芹香お嬢様にもアレだけは・・・困ったものだ」 老人がため息をついたそのときだった。 「見つけたぜ、じいさん」 老人が振り向いた先に浩之ちゃんが意気揚揚と立っていた。 その姿を見て老人の眉が引きつった。 「貴様は藤田浩之。ということは、お嬢様も・・・」 浩之ちゃんの背後からひょっこりと艶やかな黒髪の美少女が顔を出した。 そう、来栖川芹香お嬢様だ。 「・・・・・・・・・」 「ほら、センパイがセバスチャン、捜しましたよって言ってるぜ」 昨日の芹香センパイからの電話は、休暇を取っている執事を一緒に捜してくれとのことだった。 朝、公園に待ち合わせをしていたふたりは、執事を捜すべくいろいろと模索をしてきた。 そして、執事セバスチャンを浜辺で見つけることが出来たのだ。 「お嬢様・・・」 セバスチャンは申し訳なさそうに芹香センパイの方に目をやった。 そして、解せん顔で浩之ちゃんの方に向きなおす。 「しかし、なぜここが分かったのだ?」 当然の質問だ。 いくら何でも見つかるのが早すぎた。 ここは浩之ちゃん達が住む街から数十キロ離れていた。 朝から捜したとして、昼前に見つけられるなんて普通では不可能だ。 「あんた、来栖川グループに勤めていることを忘れたのか? そんなの体内に埋め込まれてある発信機を頼りにセリオウ・・ もとい、セリオに頼んで人工衛星を使えば直ぐに見つかるさ」 セバスチャンの顔が引きつっていた。 さすがに発信機が埋め込まれていたことにショックを隠し切れないようだ。 「ひとつ訊きたい。何で逃げるんだ?」 浩之ちゃんがセバスチャンに向かって訊ねた。 「さあ、教えてもらおう。いつもオレとセンパイのなかを邪魔してばかりのあんたが、 どうして今日みたいな特別な日にオレに突っ掛かってこないん?」 「く、それは・・・」 セバスチャンが一歩、二歩とあとずさる。 そして浩之ちゃんはそんなセバスチャンに攻め寄った。 「小僧の知ることではない!!」 いきなりセバスチャンは浩之ちゃんに一喝し、浩之ちゃんが怯んだ一瞬の隙を突いてリムジンに飛び乗った。 そして鮮やかに急発進をする。 「ちっ、逃げられた。センパイ、急いで車に乗って」 「・・・・・・・・・」 「え、運転手がいないにどうやって追いかけるのですかって、運転手を待っていたら追いつけやしない、 だからオレが運転するんだよ」 「・・・・・・・・・」 「免許証をもっているのかって、大丈夫、頭○字Dを愛読しているから車ぐらい乗れるさ」 芹香センパイは満足そうにこくりと頷いた。注:頭○字Dを愛読しても運転は出来ません。 芹香センパイもよく分からないけど、浩之さんが言うならって、満足してはいけない。 なんだかなあ。 「よし、AT車だ。これなら簡単に運転できる。ん?な、鍵はどこだ?どこにあるんだ?」 急いで車の鍵を探す浩之ちゃん。 当たり前だが、鍵をつけたまま外に出る運転手はまずいない。 浩之ちゃん達は、セバスチャンを追う前にいきなり難関にぶつかった。 「こうなったら仕方がない。繋げるしかないか・・・。」 芹香センパイは、心配そうに浩之ちゃんの一連の行動を見ていた。 その悲壮な顔を横目で見た浩之ちゃんは、芹香センパイの頭を優しく撫でてやった。 「大丈夫だよ。繋げたことは理科で習ったと言えば、フルハ○スなら誤魔化せるよ」 そう言いながら馴れた手つきで作業を進めていった。 どこで覚えたんだそんなこと・・・。 「ローマ字三文字の教師もの(そうか?)で覚えた」 もういいです。 私が悪うございました。 さっさと進めて。 「よしエンジンが掛かった。さあ追いかけるぞ!!」 車がうなりを上げる。 もう直ぐに発進できる状態だ。 しかし助手席に座っていた芹香センパイが何かを見つけたらしく、それに手を掛けていた。 そしてまじまじとそれを見つめ、上目づかいにそれを浩之ちゃんに手渡した。 芹香センパイのそのかわいらしい姿に、浩之ちゃんは抱きしめたくなる衝動にかられたが、 そこをグッと我慢してその渡されたものを確認した。 それは、紛れも無くこの車の鍵だった・・・。 浩之ちゃんは、ちびまるこちゃんでいう白目で顔に縦線が入った顔をしていた。 「・・・・・・・・・」 「いやいいよ。とりあえず鍵を差し込んでおくから・・・」 まだショックから立ち直れていなかった。 落ち込む浩之ちゃんの頭を芹香センパイは優しく撫でてあげた。 そして浩之ちゃんはあっさり立ち直った。 「さて、行こうか・・・って、なんでハンドルがロ○ヨ○のコントローラーなんだ。 しかも、3Dスティックが壊れかけている」 「・・・・・・・・・」 「それは著者が頭○字Dをまったく知らなく、代わりにマ○オ○ートをモデルにしたことが原因だって・・・」 もう何も言えなかった。 「・・・・・・・・・」 「そうだよな、まずはセバスチャンを追いかけないとな、・・・ロケットスタートだ!!」 キュイ〜ンという発信音と共に、浩之ちゃん達はセバスチャンを追いかけていった。 「センパイ、セリオからの情報を」 「・・・・・・・・・」 「そこを右だな」 小刻みなドリフトでカーブを曲がっていく。 セリオからのナビを受けながら、徐々にセバスチャンが乗るリムジンに近づいていった。 「発信機があることが分かった以上、セバスチャンは止まって隠れることは無いだろうな」 「・・・・・・・・・」 「そうだな、ガソリン切れを待ったほうがいいかも」 そして等々セバスチャンに追いついた。 しかし、これからが大変だった。 「峠だな、しかもカーブが多い」 「・・・・・・・・・」 「え?頂上に助っ人がいるって、さすがセンパイ。手は打ってあるんだね」 芹香センパイがこくりと頷いた。 なんだかんだ言っているうちに浩之ちゃん達はセバスチャンとの差を徐々に詰めていった。 「ふっふっふっ、さっきブロックを叩いておいてよかったぜ。往け!赤こうら!!」 赤こうらなるものが浩之ちゃんの乗る車から発射された。 それは、セバスチャンの乗るリムジンに勢い良く飛んでいった。 「あまいは小僧!!」 赤こうらが当たる寸前のところで、セバスチャンはバナナの皮を盾にした。 「だからお前はバカなんじゃ」 なぜかセバスチャンのセリフと声が違う気がするが、そんなことは気にしない。 だが、セバスチャンの余裕もここまでだった。 赤こうらがまた飛んできたのだ。 「なに、回避したんじゃないのか?」 「赤こうらは三つあるのさ。しかも回転式だ」 言った通りに、浩之ちゃんの乗る車の周りにもうひとつの赤こうらが回っていた。 セバスチャンに赤こうらを回避する手立ては無かった。 そして、赤こうらは車に当たり、セバスチャンのリムジンが回転した。 「チャンスだ!!」 もう一度、赤こうらを投げて駄目だしをし、セバスチャンの車の動きを完全に止めた。 そして、リムジンを抜き去った。 そう、抜き去った。 「やったぜ!等々勝った。1位だぜ。」 「・・・・・・・・・」 おめでとうございますと芹香が拍手をする。 「・・・・・・違う〜!!オレ達はセバスチャンとレースをしていた訳じゃない。 追いかけていたんじゃないか。マリ○カー○風なのでうっかり勘違いしていた」 「・・・・・・・・・」 「そうですねって、センパイ、急いで引き返さないと、もうだいぶんウイニングランしているよ」 そう、浩之ちゃん達はもう頂上付近に来ていた。 急旋回をして戻ろうとしたその時。 「な、バナナの皮〜〜〜!!」 誰が置いたのか、浩之ちゃん達はバナナの皮に滑ってしまった。 そのまま浩之ちゃん達はコースアウトしてしまった。 ついでにぶつけた。 「っ痛、センパイ大丈夫?」 芹香センパイは、すこしフラフラしながらこくりと頷いた。 「してて良かったシートベルトだな・・・」 まったくその通りである。 それ以前に免許を持っていない者が運転するな。 「・・・・・・・・・」 大丈夫です。来栖川グループの権力で揉み消せますって、そんなこと言われてもなぁ。 ・・・もうクライマックスだから先進めて。 「ハッハッハ、もうひとつのバナナの皮を、前に投げておいて正解だったな。残念だな小僧!! それと、お嬢様を危険な目に遭わせるな!!」 遭わせたのは、あんたの方だ。 浩之ちゃんの心の声だった。 高笑いをしながらセバスチャンは浩之ちゃん達を抜かしていった。 「畜生、もう打つ手が無い」 「・・・・・・・・・」 「え、後は助っ人に任せましょうって、そうだね、どこの誰かは知らないが後は頼む」 (あははーっ、任されました〜) どこかから声が聞こえた気がした。 そして浩之ちゃん達は助っ人に後を任せることにした。 空からヘリの羽音が聞こえてくる。 影が浩之ちゃん達の乗っていた車を追い越していった。 ふたりはそれを見送った。 そのころセバスチャンは融々と頂上に向かっていた。 「これでもう追いかけては来れまい。今日はお嬢様に捕まってはいけないのだ・・・」 そして丁度、頂上に到着しかけた時だった。 「ん?なんだ?人がいるのか」 頂上にはひとりの少女が立っていた。 艶がかった黒髪の少女。 彼女の容姿はどことなく神秘的な雰囲気をかもし出していた そして、その手には剣が握られていた。 「な、避けない!このままだとぶつかる」 リムジンは少女に向かって闘牛のごとく突っ込んでいった。 しかし、少女はじっとリムジンを見つめたままだ。 そして・・・。 「消えた・・・」 少女は目の前から消えていた。 いや、ジャンプをして車を回避したのだ。 その一瞬の出来事に消えたように見えたのだ。 そして、綺麗に着地する。 その手に持つ剣が陽光を浴び、煌いていた。 「なんだったのだ?いったい・・・なぬ?」 気が付けばセバスチャンのリムジンは真っ二つに割れていた。 「そ、そんなバカな〜!!」 そしてリムジンは爆音を上げ爆炎と共に散っていった。 激しい煙を背に立つ少女。 なんとも絵になる光景だ。 そして現場にヘリが降りてきた。 「舞〜、もう終わったんですか〜」 「佐祐理、終わった」 「まったく、その方が早いからって急にヘリから飛び降りた時はさすがに驚いたぞ」 「祐一、それくらいで驚いてはダメ」 「そうだよな、何たって屋上からも飛び降りたもんな」 爆煙を背に淡々と語る3人。 なんとも不思議な光景である。 「どうなっているんだ?あんた達は?セバスチャンは?」 遅れて浩之ちゃん達がやってきた。 「・・・・・・・・・」 「ああ、あんた達がセンパイの言っていた助っ人か」 それを聞いて佐祐理さんがにっこりと微笑む。 「ええ、そうですよ。芹香さんとは先日パーティで知り合いました。 今日は芹香さんのお願いと言うことで、親友の舞と祐一さんを連れてやってきました」 やってきたって、ヘリでかい!! これだから金持ちは・・・。 「車に乗っていた人なら、たぶん大丈夫」 舞が無表情にそう言った。 「ああ、セバスチャンなら根拠は無いが何気に生きているだろう」 「で、これから俺達はどうすればいいんだ?」 祐一が芹香センパイに訊ねた。 「・・・・・・・・・」 「とりあえず、セバスチャンを捜してくれってさ」 「通訳が要るのか?」 「普通は要るな、そしてセンパイの無表情さから瞬時に言葉と感情を読み取れるのはこのオレくらいなものだ」 すこし自慢気に浩之ちゃんは言った。 「へ〜そうなんだ。なんか舞みたいだな。舞も無表情だぞ」 そう言われて浩之ちゃんは、舞がどんな顔をしているのか確認する。 そして少し考えたのち。 「センパイの方が可愛い」 それが浩之ちゃんの結論だった。 「なんだって!?舞の方が・・・綺麗だ」 なぜその結論を出すのに、間を空ける必要がある。 「センパイはなぁ、魔術に長けているんだぞ」 「舞だってな、剣術に長けているんだ」 にらみ合うふたり。 ふぅ、自慢したいんだね。 「まあまあ、ふたりとも、舞も芹香さんも恥ずかしがっていますから、その辺でやめにしませんか?」 すかさず佐祐理さんが止めに入る。 佐祐理さんに言われてふたりは正気に戻った。 そしてそれぞれ非礼を詫びる。 「早くセバスチャンを捜さないとな」 「ですね」 一行はセバスチャン捜索に入った。 そのころセバスチャンは・・・。 死にかけていた。 「ま、まさかリムジンを真っ二つに斬られるとは、不覚だった」 セバスチャンは爆風で足をやられ、ほふく前進で移動していた。 ゆっくりゆっくり、逃げるように進んでいく。 しかし、その前にひとりの少女が立ちはだかった。 「お嬢様・・・」 少女は芹香センパイだった。 そして彼女は、おもむろに小包を取り出す。 「・・・・・・・・・」 芹香センパイは小包の中身を取り出し、それをセバスチャンに差しだした。 それは手編みの手袋だった。 「こ、これは」 「・・・・・・・・・」 「私にバレンタインプレゼント?」 その時、セバスチャンには芹香センパイの姿が天使に見えた。 「う、う、このセバスチャンの為に・・・」 「・・・・・・・・・」 「勿体無いお言葉です」 セバスチャンが泣き崩れているころ、ようやく他の人たちがやってきた。 「まったく、じいさん、世話焼かせるなよ」 「ふん、お前には言われたくないわ」 祐一の肩を借りて立ち上がったセバスチャンが、浩之ちゃんに言い放つ。 やっぱり、敵対するふたりだった。 「・・・・・・・・・」 「え、なんだい?こっちに来て欲しいって」 芹香センパイに呼ばれ浩之ちゃんは、芹香センパイと一緒に席をはずした。 ふたりがいなくなってから、残された者はセバスチャンをヘリに乗せる作業をしていた。 「しかし、どうして逃げ出したりしたんですか?」 佐祐理さんがセバスチャンに向かって当然の質問をした。 「倉田様には話しておくべきですね。実はお嬢様は、料理が下手なのです」 予想はしていた答えだが、それだけではセバスチャンの大逃亡の理由にはいささか説得力が無かった。 「いくら不味かろうが、あのお嬢様が自分の為に作ってくれた物なら食べられるだろう?」 その言葉を聞いてセバスチャンの顔が曇る。 「普通のチョコレートなら、いくら不味かろうが食べられる自信はある」 そして遠い目をしていた。 「矛盾している」 舞がボソッと言う。 確かにセバスチャンの発言は矛盾していた。 「普通って、芹香さんが作るチョコレートは普通じゃないんですか?」 佐祐理さんに言われさらにセバスチャンの顔が曇る。 「さっきあの小僧が言った通りに、お嬢様は魔女っ子なのだ」 「それがなにか関係あるのか?」 セバスチャンが話している最中に祐一が口を挟んだ。 「祐一、最後まで話を聞かなきゃダメ」 「そうですよ、人の話は最後まで聞くものです」 舞と佐祐理さんに注意され祐一は肩をすぼめた。 「ごふん、うむ、それでお嬢様はチョコにまじないなどに使う材料を入れて作ってしまうのだ。 私が長生きするようにと作って頂いたのに!!」 セバスチャンが男泣きをする。 「そんなにすごいのか?」 「私はそれを食べて一ヶ月意識不明の重体になった」 その言葉に重みがあった。 「すこし大袈裟じゃないか?」 「貴公にもこの世の味とは思えないものを食べたことがあるだろう?」 祐一の頭にオレンジ色をしたジャムが横切った。 「確かに・・・」 祐一にとって今の言葉は、かなり説得力があった。 「セバスチャンさんにチョコが渡されなかったと言うことは、芹香さん、今年はチョコを作らなかったんですか?」 セバスチャンは首を横に振った。 「今までに無いくらい凶悪、もとい、熱心に作っておられた。しかも、一週間暗い前から」 「ということは・・・」 一同は浩之ちゃん達の方を見た。 浩之ちゃんは芹香センパイから大きなチョコを貰ってはしゃいでいた。 その笑顔が真実を知る者に深く突き刺さる。 一同は明後日の方角を見ていた。 彼には過酷な日々を。 これから訪れる絶望と無限の地獄・・・。 そして僕らは見送った。 ただ、一度、僕は振り返り呟いた。 その言葉は爆音にさらわれ、消えていく。 「さようなら」 ヘリの中でのことだった。 「祐一さん、これ佐祐理と舞からのバレンタインプレゼントです」 佐祐理さんが大きな包を取り出して祐一に手渡した。 「まさか、魔術の材料が入っていたりしないよな?」 今しがたの恐怖の出来事を見たばっかりなので、祐一は少々用心深くなってしまっていた。 「あははーっ、そんなことないですよ。一生懸命作ったんです。舞なんか佐祐理より熱心に作っていたんですから」 「舞、本当なのか?」 祐一は舞の方を見る。 舞は少しはにかんだそぶりを見せていた。 その様子を見て祐一は喜びを隠せない。 「うれしいよ、ありがとうふたりとも・・・」 「満足していただけて光栄です」 舞も佐祐理さんも祐一の喜びように胸が弾んでいた。 「秋子さんにも協力してもらったんですよ」 「へぇ〜、秋子さんに。あの人料理が上手だからいろいろ教えてもらえたんじゃない?」 祐一はそう言いながらチョコを被う銀紙をはずしていった。 「はい、秋子さんから、いろいろ料理について教えていただけました。 大変勉強になりました。それに隠し味なんかも教えていただきました」 「なにを入れたんだい?」 「隠し味にジャムを入れた」 チョコを口に運ぼうとした祐一の手が止まった。 「ま、まさかオレンジ色のジャム?」 祐一は顔を引きつりながら訊いた。 「すごいですね、食べてもいないのに隠し味が分かったんですか?」 佐祐理さんの応えにさらに祐一の顔は引きつった。 「はは、ははは、ははははは」 そして祐一は壊れたからくり人形のように笑いつづけた。 風を切り進んでいくヘリの中。 逃げ場などどこにも無い。 これから訪れるコキュートス。 そこに救いはあるのか? たぶんないだろう。 彼に過酷な日々が・・・。 祐一のチョコを持つ手が震えていた。 舞と佐祐理さんの視線が痛い。 僕は今、君に言える言葉はひとつだけだ。 「さようなら」 バレンタイン企画〜男達の挽歌〜 終焉 ■BACK■ ■HOME■ |